はじめに
私たちの体の機能は、血液が一方向にぐるぐると循環しながらスムーズに流れることで正常に保たれています。この血液のスムーズな流れは心臓と血管のはたらきによるもので、具体的には左室・右室のポンプ機能、大動脈弁・僧帽弁をはじめとする弁機能、適切な心拍数、末梢血管・肺動脈の適切な血管抵抗によって支えられています。
しかしこれら心・血管機能に異常(心筋症、弁膜症、徐脈性・頻脈性不整脈、高血圧症・肺高血圧症など)が生じたり、心臓をとりまく心外膜に異常(心タンポナーデ、収縮性心外膜炎など)が起きると、血液は心臓のなかでよどみスムーズに流れなくなります。この血液のよどみはやがて心臓の手前にある臓器(左心では肺、右心では下肢)にまで及びうっ血症状(肺うっ血による労作時息切れ・夜間の呼吸困難、下肢のうっ血による足のむくみ)をきたしたり、血液が心臓から十分に出ないことで低心拍出症状(四肢冷感・低血圧・全身倦怠感)を起こしたりします。
この状態を心不全といい、さまざまな心臓病が最終的にたどりつく終末像となります。
循環器診療では、心エコーをフル活用して患者さんの血液の流れ(血行動態)を見極め、よどみの原因(複数あることが多い)をみつけて適切に対処するということを日常的に行っています。
膠原病診療においても、疾患ごとに特徴的な心血管病変を合併することから、病態把握のための心エコー評価は欠かせません。ということで日常診療に不可欠な心エコーについて知識と技術をアップデートするため、2019年11月30日(土)「エコー淡路2019」というセミナーに参加してきました。
丸一日かけて「弁膜症」のハンズオンレクチャーと「心筋症」の座学レクチャーを受講したので、今回はその内容をつつみメモとしてまとめます。
弁膜症
・ちょい当てエコーでの弁膜症重症度評価:大動脈弁狭窄症(AS)と僧帽弁狭窄症(MS)は圧較差、僧帽弁閉鎖不全症(MR)は簡易PISA、大動脈弁閉鎖不全症(AR)はvena-contracta幅で行う。
・最近は心房細動に伴う左房拡大(弁輪拡大)で生じる心房性機能性MR(atrial functional MR)が増えている。
・MSには2種類ある:リウマチ性MSは弁尖から変性が起こり弁輪は比較的変性が少なく、交連部の癒着を伴うことが多い。一方動脈硬化性MSは弁輪から変性が起こり多くの場合僧帽弁輪石灰化(MAC)を伴い、通常交連部の癒着は目立たない。
心筋症
前半は左室収縮不全タイプです。
虚血性心筋症
・冠動脈疾患が存在し、冠動脈支配領域に一致した壁運動異常を認める
・合併症:心不全、左室拡大や収縮能低下に伴うtethering-tenting(縦方向の弁尖牽引)で生じる機能性MR、壁在血栓
たこつぼ症候群
・さまざまな精神的・肉体的ストレスが誘因となり、急性心筋梗塞と類似した発症経過をたどるが有意な冠動脈病変はなく、一過性の左室心尖部の無収縮と心基部の過収縮をきたす(左室造影所見が「たこつぼ」に類似)
・合併症:急性心不全(右室障害合併例で発症しやすい)、不整脈、左室流出路狭窄(S字状中隔を有する左室容積の小さい心臓に合併しやすい)、心内血栓、心破裂
心サルコイドーシス
・心臓限局性のサルコイドーシスの予後は悪く早期発見が重要、心エコーが重要な役割を果たす
・原因不明の房室ブロックや心室性期外収縮をみたら、心エコーで心サルコイドーシスに特徴的な所見を確認する:心室中隔基部の菲薄化(特異度が非常に高い)、心室瘤、心室中隔基部以外の菲薄化、壁肥厚(急性期病変)、駆出率50%未満の左室収縮不全(拡張型心筋症に類似)、冠動脈疾患では説明できない局所壁運動異常
・疑われたら、あらゆるモダリティ(ガリウムシンチ、FDG-PET、遅延造影MRI)を駆使して診断をつけにいく
頻脈性心筋症
・頻脈性心房性不整脈が引き金となり心機能低下をきたす
・アブレーションやβ遮断薬投与で頻拍が消失すると心機能が改善する
がん治療関連心筋症
・がん治療開始後、左室駆出率が10%以上低下し正常下限値を下回る(53%未満になる)ことと定義されている
・アントラサイクリン系薬剤(乳癌、悪性リンパ腫、骨肉腫などで使用)によるものは心不全治療が遅れると心機能の回復が得られないという報告もあり、早期に診断して治療(心保護薬投与)につなげることが重要
後半は左室肥大タイプです。
肥大型心筋症
・左室壁15mm以上の心肥大で、高血圧などの圧負荷や二次性心筋症を疑う所見がないもの
・閉塞性肥大型心筋症(HOCM):運動のピーク後に失神するのが特徴、経皮的中隔心筋焼灼術(PTSMA)で治療
心アミロイドーシス
・心筋が電気的に不活なアミロイドに置換されるため、肥大心なのに低電位となったり、冠動脈に有意狭窄はないのに異常Q波や胸部誘導のR波減高をきたす。またアミロイドは刺激伝導系へ沈着しやすいため、左軸偏位や脚ブロックを呈する。
・アミロイド沈着を反映して、心筋内不均一顆粒状の高輝度エコー(granular sparkling pattern)や左室肥厚をきたす
・沈着するアミロイドのタイプによって予後は異なる
ファブリー病
・ライソゾームに存在するα-ガラクトシダーゼ(α-Gal)の活性低下によりGL-3などの糖脂質が細胞内に蓄積してさまざまな臓器障害を引き起こすX連鎖性の遺伝性疾患
・左室肥大をみたら、病歴(幼児期以降から出現する発汗障害や体温上昇で増強する手足の痛み)、家族歴(心疾患、腎疾患、脳血管障害)、心外病変(皮膚の被角血管腫、眼の渦状角膜混濁、蛋白尿)を確認、疑われたらα-Gal活性を測定
・治療は酵素補充療法
おわりに
エコー淡路では丸一日レクチャーでかなり疲れましたが、その翌日12月1日(日)にも内科学会四国地方会@高松市があり、内科専門医維持のためにがんばって参加してきました。教育セミナーでは臨床病理検討会(Clinico-pathological conference:CPC)が行われ、「心不全の精査中に突然死した67歳女性」の症例が取り上げられました。CPCとは、病理解剖症例をもとに討論形式で医療行為を振り返る勉強会です。
5カ月前に原因不明の右心不全を発症し、心不全治療を行うもよくならず、原因精査のため大学病院に入院となりました。
しかし入院14日目に突然死され、死因と病態解明のため病理解剖が行われました。
解剖の結果、直接の死因は腸管壊死からの菌血症であり、右心不全の原因は全身性エリテマトーデス(SLE)による心病変(収縮性心外膜炎+肺動脈性肺高血圧症)であることが明らかになりました。このケースからは「原因不明の右心不全をみたらSLEも鑑別に入れる」ことを学びました。早期に診断できれば、ステロイド治療で病状の改善が見込めます。
以上、多くの学びがあった循環器ざんまいのウィークエンドでした。