脳神経内科

神経内科でみる呼吸の異常

はじめに

日常診療の現場で「呼吸の異常」をみたとき、まずは肺炎や心不全、肺血栓塞栓症などを鑑別疾患に挙げ、身体診察と各種検査で肺や心臓を評価します。そして多くの場合、何らかの異常が見つかります。

しかし一方で、明らかに「呼吸の異常」があるのに肺や心臓には異常がない、という場合があります。そんなときに鑑別疾患に挙がってくるのが神経内科疾患(神経や筋の異常)となります。

今回は「神経内科疾患でみられる呼吸の異常」について、ケーススタディのかたちで知識を整理したいと思います。

奇異性呼吸

まずは治療抵抗性多発筋炎の高齢男性のケースです。手足の筋力だけでなく呼吸筋の筋力も低下してしまい、 予備能が低下した自発呼吸をサポートするために気管切開+人工呼吸器装着(SIMVモード)が施されました。その後1年間は安定していたのですが、ある日の夜に急に状態が悪化しました。

現場に駆けつけると、意識障害、自発呼吸の減弱をきたしており、血液ガスではCO2の著明な貯留を認めました。一方胸部レントゲンでは肺に異常はありませんでした。呼吸のサポートを強化すべく人工呼吸器の設定をSIMV→A/Cモード、呼吸回数↑に変更したところ、CO2が排出されて正常化するにつれ意識レベル、自発呼吸ともに回復しました。

動画は、完全に回復したときの自発呼吸を記録したものです。

吸気時、胸郭はわずかに拡がると同時に腹壁はわずかに内側へへこんでいます(奇異性呼吸! )。自発呼吸そのものがかなり弱くなっています。

ここで呼吸について知識を整理します。

健常者では、吸気時にドーム状の横隔膜が収縮してその位置が下がり(青矢印)、腹部が圧迫されて腹壁は外側へとびだします。一方、横隔膜の筋力低下があると、弱い横隔膜は吸気時に胸郭に吸い込まれてその位置が上がり(緑矢印)、腹壁は内側へへこむことになります。これを奇異性呼吸といい、横隔膜の筋力低下を示す特徴的な身体所見です。

横隔膜の筋力低下は放置すれば呼吸停止にいたる緊急病態であり、一般的には、気管挿管して人工呼吸器管理を開始したうえで、その原因を探っていくことになります。

本ケースでは、人工呼吸器装着中にも横隔膜の筋力低下が進行し、当初の人工呼吸器設定(SIMVモード)ではサポートしきれなくなり、ついに換気不全によるCO2ナルコーシスを起こしたことが原因でした。

陥没呼吸

つぎは進行性核上性麻痺の高齢男性のケースです。吃音(どもり)、頸部体幹の固縮(筋肉のこわばり)・寡動(身体の動きの鈍さ)、姿勢反射障害による易転倒性(身体のバランスがとれず転倒を繰り返すこと)で発症し、その後数年の経過で寝たきりになりました。最近は嚥下障害が進行して食事が摂れなくなり胃瘻が造設されたばかりです。

以前から息を吸う時にヒューヒューという音を時折認めていましたが、最近ではその音がかなりひどくしかも終日続くようになりました。胸部レントゲンは正常で、採血でも炎症反応は陰性でした。

そのときの様子を動画で示します。

特徴を挙げると、

  • 頸部の呼吸補助筋(胸鎖乳突筋)を使った呼吸
  • 息を吸う時に胸骨や鎖骨の上がひっこむ(陥没呼吸
  • 息を吸う時に頸部で気道狭窄音(stridor)が聞かれる

これらは上部気道閉塞のサインそのものです。

一般的には、このサイン+酸素飽和度の低下があれば呼吸停止が切迫している緊急病態であり、バッグバルブマスク換気 ⇒ 気管挿管 or 輪状甲状靭帯穿刺・切開と気道確保に全力を尽しながら原因を迅速に探っていくことになります。よくある原因は食事中の異物による窒息ですが、神経内科疾患特有の原因として舌根沈下、喉頭軟化症、声帯開大不全があります。

なお本ケースの原因は声帯開大不全でした。声帯開大不全は突然死のリスクのひとつとして多系統萎縮症でよく知られていますが、進行性核上性麻痺でもみられることが報告されています(J Clin Neurosci 2007;14:380-1)。今後は突然死のリスクを告知したうえで気管切開術をはじめとする治療選択について患者さん、ご家族と話し合っていくことになります。

まとめ

肺や心臓に異常がない「呼吸の異常」に遭遇したとき、神経内科疾患特有の病態として

  • 横隔膜の筋力低下
  • 舌根沈下、喉頭軟化症、声帯開大不全などの上部気道閉塞

を想起し、それを裏付ける身体所見として

  • (腹壁に手をのせて)奇異性呼吸
  • (首もとをみて)陥没呼吸、(首もとに耳を傾けて)stridor

を確認しにいきます。